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2009年12月 アーカイブ

2009年12月10日

総動員

大国同士の戦争になると、兵士としての使用に耐えうる限界年齢までを一気に動員することがある。この限界年齢は多くの国家で40歳から45歳とされた。これを総動員という。国家・人口の規模に対して多くの兵士を集めることができるが、短期的には、国家経済を担う労働力の欠如から経済の破綻をもたらし、長期的には、国内の人的資源を大きく損耗し数十年にわたって人口バランスが狂ってしまう(戦間期のフランス、第二次大戦後のソ連等で徴兵対象となった年代の男子の人口減・更にその子供世代の人口減にまで現れている)。

第一次世界大戦は、ロシア帝国が動員をかけたことで、ドイツ帝国がシュリーフェン・プランに基づいて総動員をかけたことで開戦した。総動員は国家にとって失敗の許されないものであるが、近隣諸国に対する影響から当然訓練で総動員をかける事は不可能だった。第一次世界大戦前、ロシアは当初は恫喝の意味で部分動員をかけ開戦する意図はなかったが、結局それは4年に渡る戦争の引き金となってしまった。このことをみても、部分・総に関わらず、多数の動員を実際に訓練する事は不可能である事が分かる。
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他には、第二次世界大戦のポーランド、フランス、ソ連等が開戦後に総動員をかけた。日独はかなり遅い時期まで総動員をかけなかった。第二次世界大戦のドイツが総動員をかけなかったのは経済への打撃を恐れた他、電撃戦を遂行するための機甲軍は動員によっては充足できなかったからだろう。

第二次世界大戦において、ナチス・ドイツの電撃戦によってポーランドは動員を完了する前に降伏に追い込まれ、太平洋戦争において日本の航空攻撃が動員によらない職業軍人の精鋭軍が敵国を攻撃・侵攻できることを示した。これらの事例や、第二次世界大戦後の軍事技術の発展によって、徴兵によって数年訓練を受けただけの素人が軍隊の中核を担うのが困難であるという見方が主流になり、現在ほとんどの国家は職業軍人だけで軍隊を形成している。総じて、大規模な動員や総動員が行われたのは19世紀後半から20世紀前半までとなる。

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