« 後ウマイヤ朝 | メイン | 舵を損傷した戦艦「スヴォーロフ」を追っていた »

大嵩璘

大嵩璘(だいこうりん)は、渤海の第6代王。

うみぼうず 最強のビジネス情報
モーグル快適生活ナビ
審美歯科・矯正歯科関連いきいき健康ナビ
彼岸花おトクにショッピングサーチ
ひしよう教育ジャンプ紹介
観光・特産物関連ドライブ旅行総合
アラルガンドビューティーコスメ情報
センター ビジネス支援情報
マンダリン生活雑貨情報
マッサージ・老人ホーム関連医学プラザガイド

大華璵が病没した後、大欽茂の末子である大嵩璘が王位を継承した。当初は国務を権知(暫定統治)するとしていたが、794年(中興2年)に即位し正暦と改元した。

これに対し唐は内侍の殷志瞻を派遣し冊封したが、大欽茂が渤海国王に封じられたのに対し、その下位である渤海郡王のみが除授されたに過ぎなかった。これに対し渤海側は渤海国王の徐授を求め唐に使節を送り797年になりようやく銀青光禄大夫・検校司空・渤海国王に封じられるに至った。

政策面では日本に宛てた国書の中にある通り朝維(国家の綱紀)は旧に依るとの方針を貫き、在位中は唐に対し頻繁に使者を派遣し交流し、また日本に対しても積極的な経済・文化交流を進めた。

渤海では2代続いて短命の王が在位したことにより国内に混乱が発生したが、大嵩璘の治世下で安定を回復し、更に国力の発展を見たと考えられている。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.dcbbqm.info/blog/mt-tb.cgi/1159

About

2009年04月30日 07:57に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「後ウマイヤ朝」です。

次の投稿は「舵を損傷した戦艦「スヴォーロフ」を追っていた」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35