大嵩璘(だいこうりん)は、渤海の第6代王。
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大華璵が病没した後、大欽茂の末子である大嵩璘が王位を継承した。当初は国務を権知(暫定統治)するとしていたが、794年(中興2年)に即位し正暦と改元した。
これに対し唐は内侍の殷志瞻を派遣し冊封したが、大欽茂が渤海国王に封じられたのに対し、その下位である渤海郡王のみが除授されたに過ぎなかった。これに対し渤海側は渤海国王の徐授を求め唐に使節を送り797年になりようやく銀青光禄大夫・検校司空・渤海国王に封じられるに至った。
政策面では日本に宛てた国書の中にある通り朝維(国家の綱紀)は旧に依るとの方針を貫き、在位中は唐に対し頻繁に使者を派遣し交流し、また日本に対しても積極的な経済・文化交流を進めた。
渤海では2代続いて短命の王が在位したことにより国内に混乱が発生したが、大嵩璘の治世下で安定を回復し、更に国力の発展を見たと考えられている。